近年VTuber業界やエンタメ業海外の大手企業がVTuber業界に参入する事例が増え、従来のインフルエンサーであるYouTuberやインスタグラマーではなく、VTuberといったIPに注目がされるようになってきました。
今回の記事では、他業界から参入した大手企業の「VTuber事業開発」の事例を取り上げて、今どういった事業が展開され、どういった効果を及ぼしているのか解説します。
第1章:なぜ、いま大手企業がVTuber事務所を立ち上げるのか
ここ数年、VTuber事務所の新設に「非エンタメ業界」が名を連ねる動きが顕著だ。
教育や流通、飲料、美容、ITなど、かつては関わりの薄かった大手企業が自らキャラクターを抱え、発信主体となる「企業発IP」への転換を進めている。
背景には、VTuber市場の構造変化がある。かつてはYouTube上のタレントやプロモーション施策として消費されていたが、現在VTuber は「デジタル上のブランド資産」を構築する手段として位置づけられつつある。
2024年の国内VTuber関連市場は1,050億円規模に達し、グッズ・イベント・音楽など二次収益を含めた“IPビジネス”としての成熟”が進行している。
とりわけ注目すべきは、VTuberが「広告塔」ではなく“ブランドの人格”として運用されている点だ。
従来、企業が発信するメッセージは「企業名」や「商品名」を主語としていた。しかしZ世代を中心とした消費行動では、ブランドよりも“人格”への共感が購買のきっかけになる。
そのため、企業は自社ブランドを象徴する「人格」をデジタル空間に創出し、対話と共感を軸とした顧客接点を設計するようになっている。
この潮流を後押ししているのが、共創文化とデジタルタレント市場の成熟。
SNSを中心にUGC(ユーザー生成コンテンツ)が拡大し、ファンが自発的に世界観を広げる時代、企業も一方的な広告より「共に物語を作る」関係性を求められている。
さらに配信技術やモデリングの低コスト化によって、VTuber事業への参入ハードルは大きく下がった。結果として、自社の文化や商品をIPとして展開できる時代が到来したと言える。
企業にとっての経営的メリットは明確だ。
第一:顧客接点の拡張。VTuberは24時間オンライン上に存在し、消費者と“常時接続”できる。
第二:新規市場の開拓。既存製品を基盤に、新しい文脈での事業展開(ライブ配信、コラボグッズ、メタバースイベントなど)が可能になる。
第三:ブランド資産の再構築。人間味あるキャラクターを通じ、長期的な関係性とブランド信頼を再形成できる。
こうした動きの本質は、「ブランド経営の人格化」にある。企業がVTuberを持つのは“流行”ではなく、デジタル時代におけるブランド戦略の進化形だ。
次章では、実際にVTuber事務所を立ち上げた大手企業の動きを整理し、そのアプローチを3つの型に分類していく。
第2章:大手企業のVTuber事業参入アプローチ3つの型
一口に「VTuber事務所参入」といっても、その目的や組成のあり方は企業によって大きく異なる。自社のブランドを拡張したい企業もあれば、新たな事業領域としてIPを構築したい企業もある。
実際の参入事例を分析すると、そのアプローチは大きく3つの型に整理できる。
① 共同立ち上げ型 —— ノウハウ連携とスピード参入
最も多いのが、既存のVTuber事務所や制作会社と共同で事業を立ち上げるパターンだ。代表的なのが、株式会社スプリックスによる「SPRIX学園」と、ビクターエンタテインメント株式会社の「MeSTAGE」。
いずれも自社の専門領域(教育・音楽)を基軸に、パートナー企業の制作・運営ノウハウを活用し、スピーディに市場へ参入している。

このモデルの特徴は、投資リスクを抑えつつノウハウを獲得できる点にある。既存のVTuberエコシステムに乗ることで、初期フェーズから一定のファン接点と技術力を確保できる。
また事業立ち上げを通じて“デジタルタレント運営”の知見を社内に蓄積できるため、将来的な自社IPの内製化にもつながる。
② 自社ブランド活用型 —— 既存IPの拡張
二つ目は、既に強いブランドやコミュニティを持つ企業が、それをVTuberとして再構築するモデル。代表的なのが、株式会社QuizKnockの「てらめたる学園」と、GANYMEDE株式会社の「UltraLMTM」だ。
両者に共通するのは、既存のブランド/IPが持つ世界観を維持したまま、若年層やデジタルカルチャー層へのリーチを拡張している点である。

この型では、“VTuber化”が単なるキャラクター展開ではなく、ファンベース拡張の仕組みとして機能する。UGC(ユーザー生成コンテンツ)やファン参加型イベントを通じて、「知的好奇心」「競技性」「チーム文化」など既存の価値観を人格化し、持続的なブランドロイヤルティを形成している。
③ 本業シナジー型 —— 事業資産とIPの融合
3つ目は、自社の本業とVTuber活動を直接結びつけるモデル。たとえばサントリーの「燦鳥ノム」は、飲料ブランドの人格化を通じて、長期的なブランド体験を提供している。

また株式会社 大丸松坂屋百貨店の「EchoVerse」は店舗空間と連動し、OMO(Online Merges Offline)戦略の中核としてVTuberを活用。
美容事業を展開するパスの「株式会社 RIDOS」では、ライブコマースと連動し、購買体験そのものをエンタメ化している。

この型の本質は、“販促”ではなく「ブランド体験の人格化」にある。顧客との関係性を深めるために、VTuberという媒体を自社のマーケティング資産として組み込む。
結果として、ファンとの接点をデータ化・継続化できる点が大きな経営的メリットとなっている。
3つの型はいずれも、企業が自らの強みをどのように「人格」として表現するかという発想から出発している。自社の目的が「市場参入」なのか、「ファン拡張」なのか、「ブランド深化」なのかによって、採るべき戦略は異なる。
第3章:事例解説①——共同立ち上げ型:ノウハウ連携とスピード参入
次に、大手企業のVTuber事業参入アプローチの3つの型それぞれの事例を解説。まずは共同立ち上げ型の事例を取り上げる。
スプリックス「SPRIX学園」

教育事業を展開する株式会社スプリックスは、VTuber事業を展開する株式会社Brave groupと組み、2023年にVTuberプロジェクト「SPRIX学園」を立ち上げた。
学習塾・教育DXを中心とする同社が掲げたテーマは、“学びの体験化”。青科がろあや花栞しおん、七咲つばさといったキャラクターを通じ、教育を「教える」から「共に学ぶ」体験へ転換した。
従来の教育ビジネスでは、学習成果や成績向上といった機能的価値が主な訴求軸だった。これに対しスプリックスは、VTuberという人格を媒介に情緒的な学びのモチベーションを育てる方向に舵を切った。
キャラクターが生徒と同じ立場で悩みや挑戦を共有することで、“努力の物語”を日常的に配信できる。これにより、学習サービスの継続率向上やブランド親近感の醸成につなげている。
事業モデルとしては、VTuber制作の専門パートナーと共同体制を敷き、外部ノウハウの調達と自社データの蓄積を両立。教育分野に不足していたデジタルIP運営知を短期間で吸収し、将来的な自社IP展開への橋頭堡を築いた。
教育を「体験型コンテンツ」として再定義したこの試みは、非エンタメ企業がVTuberを導入する初期モデルとして象徴的である。
SPRIX学園公式X:https://x.com/sprix_academy
SPRIX学園公式YouTube:https://www.youtube.com/@sprix-academy
ビクターエンタテインメント「MeSTAGE」
音楽レーベルのビクターエンタテインメント株式会社は、2022年に自社内VTuberレーベル「MeSTAGE」を設立した。名前の由来は“Stage for Me”。アーティスト活動を拡張し、バーチャル空間にもう一つの表現の舞台を設ける構想だ。

「MeSTAGE」は、配信・音源・コラボ・イベントなどを一体設計し、リアルとオンラインを横断する音楽ビジネスの新形態を構築。既存アーティストのライブ活動を補完しながら、新規層のファンとの接点を増やしている。
さらに、UGC(ユーザー生成コンテンツ)を前提にした“共創型ファンダム”の形成により、アーティストとファンが共に作品を育てる文化を生み出した。

運営上は、既存の制作設備や流通ネットワークを活かし、立ち上げリスクを最小化。VTuberを“音楽IPの延長線”として運用し、LTVの多層化を実現している。音楽×VTuberの事例としては珍しく、既存事業との親和性と収益性の両立を果たしている点が特徴的だ。
MeSTAGE公式X:https://x.com/mestage_
MeSTAGE公式YouTube:https://mestage.jp/
リサラボ既存でVTuber事業を取り組んでいる企業と共同立ち上げるこの形式は、事業運営の要点を掴み、確度高く事業立ち上げできます。
その運営企業に対するVTuberファンからの期待値が新しい事務所ブランド立ち上げにおいて、プラスに働く点が他形式にない強みです。



共同開発や協業によるVTuberプロジェクトは、デビュー時の注目度や期待値を担保しつつ、収益化までの速度をある程度確保したい場合に有効な選択肢となる。ただし、実施にあたっては、運用体制と責任範囲を明確にしておくことが不可欠だ。
たとえば、製作委員会方式のように「収益を生み出す部門に応じて主導権や分配率を決定する」のか、それとも完全折半方式を採用するのかによって、運営上の意思決定や収益配分のルールは大きく異なる。
プロジェクト開始前に、運用方針・予算の配分・収支折半の方法、そして各部門がどの範囲で責任を負うのかを明確に合意しておかないと、後半フェーズでのトラブルや調整コストが増大するリスクが高い。
最終的には、自社の方針や戦略との整合性を踏まえ、パートナーとして組む企業を慎重に選定することが重要である。単なるリソース補完ではなく、事業目的を共有できるかどうかが、協業成功の鍵を握る。
第4章:事例解説②——自社IPブランド活用型
次に自社IPブランド活用型の事例を取り上げる。
QuizKnock「てらめたる学園」
クイズを軸に知的エンタメを発信する株式会社QuizKnockは、自社の世界観をバーチャル領域に拡張したプロジェクト「てらめたる学園」を展開している。


既存ファンの特徴である“知的好奇心”や“参加意識”をそのままに、VTuberキャラクターを通じて学びをエンターテインメントとして人格化した。
配信では授業や部活動をテーマに、視聴者がコメントやクイズ参加を通じて物語に関与できる仕組みを導入。これにより、動画消費型から参加・共創型のファン体験へと転換を果たした。
QuizKnockの強みは、すでに確立された教育的ブランドとSNS上のファンコミュニティが存在していた点にある。その基盤をVTuberという“人格”に変換することで、企業色を抑えつつ自然な共感を得ることに成功している。
また、自社が持つ知的ブランドイメージを維持しながらも、Z世代・学生層という新しい層への接点拡大を実現。既存ブランドの信頼性×VTuberの親近感という両立構造をつくり、IPの寿命を延ばすモデルとして注目されている。
事業的には、クイズ番組・イベント・書籍といった既存の収益源に対し、キャラクターIPを起点とした周辺収益(グッズ・コラボ・教育コンテンツ)を追加。ブランドの世界観を一貫して運用することで、媒体や年代を超えたファンベース拡張を図っている。


結果として「てらめたる学園」は、教育系メディアにおけるVTuber活用の成功例として、ブランド拡張の新しい方向性を示した。
てらめたる学園公式サイト:https://terametaru.com/
てらめたる学園公式X:https://x.com/terametaru
てらめたる学園公式YouTube:https://www.youtube.com/@terametaru
ZETA DIVISION「UltraLMTM」
国内有数のeスポーツチーム「ZETA DIVISION」は、2023年に自社世界観をバーチャル空間に広げる形で「UltraLMTM」を始動した。


ZETAはもともと“スタイル・価値観・チームカルチャー”を重視するブランドであり、VTuberプロジェクトもその延長として設計されている。
ゲーム実況やトーク番組にとどまらず、音楽・ファッション・アートなどストリートカルチャーと親和性の高い領域へと発信を拡張。VTuberを単なるコンテンツ発信者ではなく、「ZETAカルチャーを体現する存在」として運用している。
「UltraLMTM」は、チームメンバーとの共演やイベント出演などを通じて、リアルアスリート×バーチャルタレントの共存モデルを構築。ファンはZETAの世界観にバーチャルを介して再接続できるようになり、従来の観戦・応援行動に加え、バーチャル経由の購買・参加機会が増えている。


UGC(ファン制作のアートや映像)も活発で、ZETAがもともと重視してきた“共創文化”をバーチャル領域でも再現している点が特徴だ。
経営的観点では、ZETAがすでに持つスポンサー・ブランド連携のネットワークを生かし、VTuber事業を新しいブランド資産としてマルチユースしている。ゲーム、音楽、ファッションなど複数業界と同時にコラボレーションできる柔軟性を獲得し、既存事業と新規IPの双方でLTVを高めている。
UltraLMTM公式サイト:https://ultralmtm.com/
UltraLMTM公式X:https://x.com/UltraLMTM
サンリオ「にゃんたじあ!」
キャラクタービジネスを展開するサンリオは、VTuber事業を手がける株式会社ClaN Entertainmentと組み、2023年にVTuberプロジェクト「にゃんたじあ!」を立ち上げた。
テーマは“かわいくてつよい!”──魔法使いの家で暮らしていた猫たちが、魔法の力でVTuberに変身し、夢と冒険の世界で活躍するという設定だ。


従来のサンリオキャラクターが“かわいさ”を中心に感情価値を訴求してきたのに対し、「にゃんたじあ!」は“個性”と“成長”に焦点を当てた物語構造を持つ。
キャラクターが配信活動を通じて努力や友情を描き出し、ファンとともに物語を進化させる点に特徴がある。これにより、VTuberというライブ性の高いフォーマットを通じ、従来のキャラクターIPには難しかったリアルタイムな共感体験を実現している。
事業モデルとしては、サンリオのキャラクター開発・ライセンス展開の強みとClaNのVTuberマネジメント・制作ノウハウを融合。グッズ、配信、コラボイベントなどを統合的に展開することで、キャラクターIPの収益構造を多層化した。


従来の“商品化”中心のキャラクタービジネスを、ファンが参加・共創する“ライブ型IP運営”へと発展させた点で、エンタメ企業における新たなキャラクター事業モデルを提示している。



広義の意味でIPを持つ企業がそのIPブランドを活かして、VTuberを立ち上げる本形式は、できる企業は限られます。
ですが、IPが持つ世界観を維持して、コンテンツ生成を高頻度で行えるVTuberに落とし込むことで、SNS時代のコンテンツ量を増やせることがプラスになります。



既存のtoCビジネスの影響力を活かせる場合、VTuber事業の運営安定性は格段に高まる。
すでに確立された顧客基盤やブランド認知を土台にできるため、新規参入組に比べて初期の集客やファン形成におけるリスクを抑えやすい点は大きな強みだ。
一方で、既存事業で成功した手法をそのまま踏襲してしまうリスクも存在する。過去の成功体験に固執しすぎると、VTuberという異なる文脈での創造性やファンとの共創性を活かせず、コンテンツが陳腐化する恐れがある。そのため、既存のコミュニティやファンダムを柔軟に再構築し、新たな接点として展開できるかどうかが成否を分ける。
また注意すべきは、VTuber事業の「天井」を既存IPビジネスと同じ尺度で測ってしまうこと。 もし比較の中で「思ったほど伸びない」と判断してモチベーションを失えば、撤退判断を早める要因にもなりかねない。
したがって、VTuberIPを運用する明確な目的――たとえば新規顧客層へのリーチ、ブランドの人格化、共創型ファンコミュニティの構築など――が定義されていれば、そのリスクは最小化できる。
第5章:事例解説③——本業シナジー型
最後に本業シナジー型の事例を取り上げる。
サントリー「燦鳥ノム」
サントリーが2018年に発表した企業VTuber「燦鳥ノム」は、飲料ブランドの人格化を最も早く実践した事例として知られる。清涼感あるビジュアルと誠実なキャラクター像で、同社の企業理念「人と自然と響きあう」を体現。
キャンペーンの一過性ではなく、長期的なブランド資産として運用されている点が特徴だ。
配信では飲料紹介や商品コラボだけでなく、季節イベントや歌企画など、ファンが参加できる企画を展開。従来のCM的コミュニケーションでは難しかった“企業と消費者の双方向接点”を作り出している。
結果として、企業好感度の向上だけでなく、ファンコミュニティという新しい非広告的メディアを形成した。FMCG(消費財)領域でこのモデルを長期間維持している企業は稀であり、“人格ブランドの継続運営”という観点で業界をリードしている。
大丸松坂屋「EchoVerse」
大丸松坂屋百貨店は、2023年にVTuberを活用したOMO(Online Merges Offline)施策「EchoVerse」を開始した。店頭イベント・配信・SNSを横断し、リアル店舗とデジタル空間を接続する“新しい接客体験”を提供している。
VTuberキャラクターは店舗や催事のナビゲーターとして登場し、来店誘発や商品紹介を行う。これにより、オンライン視聴者が実店舗に足を運ぶ“逆O2O”の流れを形成。
百貨店という伝統的業態に、顧客参加型のブランド体験を導入した点が革新的だ。また、ファッション・コスメブランドとの共同配信も多く、テナント価値向上にも寄与している。
パス「RIDOS」
美容事業を展開するパスは、VTuberを活用したライブコマースブランド「RIDOS」を運営。
製品説明をエンタメ化し、“購買行動の体験化”を実現した。キャラクターが視聴者とリアルタイムで対話しながら商品を紹介する構造により、EC上での購買転換率を高めている。
単なる販売促進ではなく、ファンとの関係性を軸に商品価値を共創する仕組みであり、美容×VTuber×ライブ配信の統合モデルとして評価されている。



VTuber事業単体での収益化や黒字化までの時間軸が長くなっています。
加えて、競争が激化するVTuber事務所のなかで戦っていく上で、収益回収のポイントを他事業も含めて設計する本パターンは今後も成功例が出てくることが見込まれます。
しかし、ビジネスの設計が優先すると、VTuberのコンテンツとして魅力的なものにならない可能性があるため、ビジネスとコンテンツのバランスを取ることに注力することがあります。



今後、最も増加が見込まれるのがこのモデルである。
VTuber事業を単体の収益源として成立させることに固執せず、自社の既存事業と連動させ、独自の循環サイクルを構築できるかどうかが鍵となる。たとえば商品開発・イベント・広告・ECなど、既存のビジネス領域にVTuberを組み込み、全体としての価値循環を作れる企業が中長期的に強い。
一方で、にじさんじやホロライブといった先行大手の成功モデルを“幻影”として追いかけるだけの参入は失敗しやすい。 彼らが築いた市場環境は、参入時期や資本力や人材構成の上に成り立っており、同じ構造を模倣しても再現性は極めて低い。
重要なのは、「VTuberを通じて何を実現するのか」という明確な目的設定である。たとえば「若年層との新しい接点を作る」「企業ブランドの人格化を図る」「地域やプロダクトのファンコミュニティを形成する」など、目的に応じてKPIを設計すれば、事業の評価軸そのものが変わる。
つまり、他社から見れば“失敗”に見える施策でも、自社的には戦略的成功を収めるケースが今後増える。 こうした“自社完結型の成功定義”を持つ企業こそ、気づけば市場の中で独自のポジションを確立している――そんな時代に突入している。
第6章:横断比較——大手参入の成功条件と失敗要因
VTuber事業を立ち上げた大手企業の動きを比較すると、成果を上げている企業には明確な共通点が見えてくる。一方で、短期間で活動を終えた事例も少なくない。
ここでは、参入企業の成否を分けた6つの要因を整理する。
成功企業に共通する3条件
他業界からの参入で事業が成功する企業に共通する3つの条件は下記になります。
① 事業目的が明確であること
成功企業は、VTuber事業を単なる広告手段ではなく、「誰に、どんな価値を提供するか」を起点に設計している。
たとえばスプリックスは教育の体験化、ZETAはカルチャー拡張、サントリーはブランド人格化と、それぞれ明確な“目的”を持っている。この設計思想が、活動内容の一貫性とファンの納得感を支えている。
② 中長期の時間軸でIPを育てる姿勢
VTuberは、短期的な露出施策では成果が出にくい。成功企業ほど、3〜5年単位の育成サイクルを前提として運営体制を構築している。
初期はファンコミュニティ形成に注力し、段階的にグッズ・コラボ・オフラインイベントへ展開していく。結果として、一過性の話題ではなく、“ブランド資産”としての定着が可能になる。
③ 経営層が“事業”として扱っていること
多くの成功例では、プロジェクトがマーケティング部門に閉じず、経営陣や新規事業部が主体的に関与している。
これはVTuber事業を「費用」ではなく「投資」として扱う姿勢であり、部門横断でのリソース統合と意思決定のスピードを支えている。ブランド戦略と事業戦略を結合できる企業ほど、成果が安定しやすい。
失敗事例に見られる3つの落とし穴
他業界からの参入で事業が事業がうまくいかない企業に共通する4つの条件は下記になります。
① 戦略の曖昧さ——「話題づくり」で終わる構造
“とりあえずやってみた”型のVTuber立ち上げは、目的不在のまま短期で失速する。明確なKPIが設定されていないため、投資継続の判断ができず、結果的にファンコミュニティも育たない。
② 世界観設計の弱さ——コンテンツが拡張しない
VTuberは一人のキャラクターとしての一貫した“文脈”が重要である。設定やトーンが定まらないまま発信を重ねると、ファンが離脱しやすく、二次創作も生まれにくい。IPとしての発展性を欠く設計が最大の失敗要因となる。
③ ファンが応援できる物語がない
ファンが感情的に投資するのは“応援する理由”があるときだ。
企業の宣伝色が強いVTuberほど、「企業のために動く存在」として受け取られ、支持が持続しにくい。成功企業は“企業の代弁者”ではなく、“共に物語を作る存在”としてキャラクターを位置づけている。
④タレントと事務所のベクトルのズレ
成功と失敗の分岐を決めるのは、「VTuberを広告として扱うか、事業として扱うか」である。
後者を選び、目的・構造・時間軸を設計できた企業だけが、VTuberを通じてブランド価値を再構築している。VTuber参入は単なる流行ではなく、企業が自らの世界観を市場と共創するための経営モデルへと進化している。
第7章:参入を検討する企業への実践ガイド
VTuber事業への参入を検討する企業にとって、重要なのは“技術”よりも“設計思想”である。既存の事業モデルや組織構造の上にVTuberを乗せても、目的が曖昧であれば成果は出ない。
ここでは、実際に参入を検討する際に整理すべき論点を5つの問いとして提示する。
1. 何を目的に自社IPを立ち上げるのか
「話題化」「販売促進」「ブランド強化」などの表層目的にとどまらず、誰のどんな課題を解決するのかを定義する必要がある。
成功企業ほどVTuberを既存のマーケティング資産ではなく、長期的な顧客接点の再構築装置として位置づけている。目的設計が曖昧なままでは、キャラクターの方向性やKPIが揺らぎやすい。
2. 最重要KPIは何か
再生回数やフォロワー数といった単純指標ではなく、エンゲージメント率・購買貢献度・イベント回遊率など事業目標と連動した指標設定が鍵になる。
特にファンの「能動的参加度」を測る定性KPIを組み込むことで、成長の兆しを早期に把握できる。
3. 自社IP運営に活用できる独自アセットはあるか
自社が持つ既存ブランド、顧客データ、店舗、技術、人材などの資産をどのようにVTuber運営へ転用できるかを棚卸すべきだ。
この資産設計ができていれば、単発施策ではなく“自社らしいIP展開”が可能になる。
4. 目的達成のためにどんな戦い方を取るか
社内で完結させる「内製型」と、外部事務所や制作会社と連携する「協業型」では、スピード・リスク・ノウハウ蓄積の構造が異なる。
初期段階では共同立ち上げ型→自社運営への移行というステップモデルを取る企業が多い。事業目的とリソース状況に応じて戦略を選び、柔軟に体制を変化させることが求められる。
5. どれだけの時間軸で投資回収を狙うか
VTuber事業はブランド形成・ファン育成に時間がかかる。
短期ROIではなく、3〜5年単位のLTV設計を前提に、コンテンツ開発やチーム育成を行う必要がある。中期計画に組み込むことで、社内承認やリソース確保もスムーズになる。
※実務上の留意点
パートナー選定では、制作力やモデリング技術だけでなく、世界観設計力と運営継続力を重視すべきだ。また、タレント契約・肖像権・IP権利の取り扱いは、早期に法務・広報部門を巻き込むことが望ましい。
社内では、既存事業部との連携やリスク管理体制を明確にし、“VTuberを事業単位で扱う”文化づくりが重要になる。
第8章:別業界からのVTuber事務所参入が描く未来
企業によるVTuber事務所参入は、もはやエンタメ業界の専売特許ではない。
教育、流通、飲料、美容といった非エンタメ業界が次々と参入している背景には、企業活動そのものを“物語化”する時代の到来がある。製品やサービスだけでなく、企業の存在意義そのものをファンと共有する、その新しい表現装置がVTuberだ。
かつてブランドは、広告やキャンペーンで断続的に語られる“理念”にとどまっていた。しかしVTuberは、日々の発信や対話を通じて企業の人格を継続的に表現するメディアとなっている。
一方的なメッセージから双方向の共創へ。企業がVTuberを持つということは、顧客と“共に語るブランド経営”への転換を意味する。
この構造変化は、マーケティングの枠を超えている。顧客接点の常時化、IPによる収益多層化、社内外の共創ネットワーク形成。それらはすべて、企業が自社の物語を経営単位で設計する力に直結している。VTuberはその象徴として、広告・広報・新規事業・ブランド戦略の境界を横断する存在になった。
今後、各業界が問われるのは「自社の強みをどう物語化するか」だ。教育なら学びの楽しさ、百貨店なら空間体験、メーカーなら製品哲学。それぞれの企業が、どのような世界観と顧客体験を結びつけるかが競争軸になる。
VTuber参入は、単に“新しい表現手段”ではなく、企業の存在理由を再定義する機会になりうる。キャラクターを作ることが目的ではない。企業自身がどのような物語を語り、誰と共にその物語を紡ぐのか、その問いに答えられる企業だけが、VTuberを真の経営資産に変えられる。


















